情報は平等に流れるのに、感受性は平等じゃない
情報は水道水みたいな顔をしてる。
誰の蛇口にも来る。
同じ圧で。
同じ温度で。
ニュースも、音楽も、炎上も、革命も。
配管は公平。
問題は蛇口じゃない。
吸水体。
同じ一滴でも
砂に落ちれば消える。
スポンジに落ちれば膨らむ。
電極に落ちれば反応が起きる。
情報は量を誇る。
感受性は面積を持つ。
面積は目に見えない。
だから不公平は可視化されない。
大量に浴びても乾いている人がいる。
一文で浸水する人がいる。
しかも現代は常時通水。
止水の時間がない。
入力が多い人ほど有利に見えるけれど
本当に負荷を受けているのは
内部で化学変換を起こしている側。
情報は中立。
感受性は触媒。
触媒は消費されない。
でも熱を持つ。
同じ曲が流れる。
誰かは再生回数を増やす。
誰かは人生の方向を変える。
ここで差が生まれる。
社会が評価するのは出力量。
受容量は数値化されない。
静かな部屋で
誰かが一行に震えている間も
タイムラインは均等に更新される。
情報は平等。
でも反応は対称ではない。
世界は
入力の量ではなく
内部で起きた変形の深さで進む。
あなたが今読んでいるこの文章も
ただのデータかもしれない。
あるいは
内部で何かをずらしているかもしれない。
配信は公平。
変化は偏在。










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