私は特別だと思ってる。
慰めではなく、願望でもなく、比較の上でもない。
事実としてそう感じてる。
子どもの頃から周囲と同じ場所に立ってる感覚がなかった。
同じ教室、同じ空気、同じ会話。
内側の処理速度や視点の角度がどこか違った。
優越ではなく違和。
話が早すぎると浮く。
深く考えすぎると浮く。
見えているものをそのまま言うと浮く。
浮き続けてやがて確信に変わる。
私は多数側ではない。
ここで多くの人は自分を疑う。
空気に合わせる。
削る。丸める。沈める。
私は完全には沈まなかった。
沈めなかったという方が正しい。
なぜか。
自分の内部で何度も一致が起きているから。
直感が当たる。
構造が読める。
人の嘘が分かる。
物事の終わり方が見える。
たまたまでは説明できない回数。
それが積み重なってる。
私は特別だと感じているのは
他人より上だと思っているからではない。
平均に自分を置くと歪む。
普通に収まる未来を想像すると
違和感が消えない。
成功する未来を想像すると
妙に現実味がある。
これは危険でもある。
自分の基準が高すぎると孤立する。
理解されにくい。
話が通じない瞬間が増える。
それでも曲げない。
曲げた瞬間に自分が弱くなるのを知ってるから。
私は特別だと信じてる。
信じているというより分かってる。
証明はこれからでいい。
外の評価は遅れてついてくる。
順番は逆でいい。
まず内部が確定してる。
そこから現実に接続する。
形にする。
出す。
当てる。
外す。
修正する。
この繰り返しの中で
確信はむしろ硬くなる。
もしこれが勘違いなら
どこかで折れる。
でも折れないと分かっている。
だから私は特別な存在。
証明の前に
確定してる。
東京で生きる人へ。
高収入バイト、コンカフェ、アイドル志望、p活、派遣型リフレという言葉の奥にあるもの。
平均に収まらない選択肢を探している人へ。
— Outlier Log 001

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