THE DAY PROCEEDS ANYWAY
時間の中身はまだ差し押さえられたまま予定だけが先に増えていく。
意識がどこで発火するのかも明かされないまま会話だけが何食わぬ顔で開通する。
終点の様式は最後まで回覧されないのに、朝になると髪は整えられ、靴ひもは締められ、財布の中身は点検され、駅へ向かう足だけが定刻どおりに発車する。
大本の原紙は届かない。
来歴も来ない。
説明も来ない。
来ないまま、返信だけは返され、飲み物だけは選ばれ、昼の約束に遅れないためだけに歩幅が業務用へ切り替わる。
巨大な未提出を脇に抱えたまま生活のフォームだけが妙に洗練されていく。
理解が欠勤している朝ほど電車はよく来る。
誰も時間そのものには触れていない。
触れているのは、時刻、締切、遅延、終電、残り三分、来週。
そういう切り売りされた時間の薄片だけだ。
その薄片を画面へ貼りつけ、目盛りを刻み、その目盛りに急かされ、その目盛りに助けられ、その目盛りのせいで胸の拍子まで組み替えられる。
正体は伏流のままアプリの中では几帳面に整列している。
人はその整列を信じて待ち合わせ場所へ向かう。
深海の本体は見たこともないくせに潮位表だけで港を出入りしている。
海は未解読のまま遅刻だけが現実になる。
時間の正体は一行も公開されないのに、五分の遅れだけは骨へ来る。
永遠の説明は空欄のまま乗換案内だけが異様に親切だ。
宇宙の背骨は見えないのに発車メロディーだけは秒単位で鳴る。
朝はいつも、宇宙規模の保留事項をぞろぞろ引き連れたまま始まる。
まぶたの重さ。
歯ブラシの泡。
蛇口の冷たさ。
枕元に墜落したヘアピン。
机の上で沈黙しているイヤホン。
昨夜の自分が脱ぎ捨てたパーカーの袖。
恒星は黙秘したまま燃えつづける。
地球も誰に断りもなく回りつづける。
そのあいだにこちらは片方だけ失踪した靴下を捜索している。
銀河は工事を止めない。
こちらは洗面台の前で寝ぐせをならす。
宇宙は事情聴取に応じない。
こちらは前髪だけ整える。
この落差が毎朝、何食わぬ顔で始動する。
存在の根は無言のままヘアオイルだけが律儀に減る。
星雲の気配は届かないのに寝不足だけは目の下へ着陸する。
始まりの形は一度も開示されないままファンデーションだけが均一にのびる。
街へ出ると、世界はやけに事務的な顔で回っている。
エスカレーターは人間を一定速度で搬送し、改札は無言で口を開け、コンビニの棚では飲み物が色ごとに整列している。
そこへ、存在の由来を知らないままの身体が流れ込み、ペットボトルを一本つかみ、交通系ICをかざし、釣りの出ない会計を済ませる。
銀河の出自は未記入。
レシートだけは吐き出される。
宇宙の仕様書は白紙のまま、会計情報だけが印字される。
説明の届かないものを抱えたまま、自動ドアにはきちんと反応する。
商品棚の前では手が迷わず伸びる。
根源へ届かない指先が炭酸水と麦茶のどちらかを選ぶ、その数秒。
存在の全体像は不在のままバーコードだけが正確に読まれる。
形而上の霧をまとったままポイント残高だけが更新される。
形のない問いを抱えたままレジ袋は要るか要らないかだけ答えさせられる。
世界の由来は闇のままストローの要不要だけが確認される。
意識の発生源は封印されたまま、作用だけが日常へ落ちてくる。
数文字の通知で午後の照度が変わる。
句読点ひとつで胸のあたりの空調が切り替わる。
たった数グラムの記号列なのに、歩幅、食欲、沈黙の長さ、視線の置き場まで塗り替えてしまう。
取扱説明書は来ない。
それでも人は返事を考え送信をためらい、送ったあとでまた読み返す。
出どころ不明の意識どうしが記号を介して互いの一日へ細い配線工事を入れている。
画面に見えているのは文字だけだ。
内部では気圧配置が変わっている。
通知欄は小さい。
爆心地は小さくない。
赤い丸ひとつで午後そのものの傾斜が変わる。
人格の地下水脈に絵文字が一本、投下される。
文末の句点ひとつで夕方の空気は別の材質になる。
魂の配線図は闇のまま入力中の点だけが点滅する。
スーパーのかごはかなり深いところへ触れている。
豆腐、洗剤、ヨーグルト、ゴミ袋、半額の総菜。
宇宙の沈黙を抱えたまま人はこういうものを腕に掛けて帰る。
時間の正体はいまだ伏せられ意識の点灯条件も開示されない。
それでも牛乳は切れるし食パンは買い足される。
大本はずっと未着工のまま暮らしだけが補修されつづける。
終点の明細は不明のまま冷蔵庫の棚だけ整っていく。
人は巨大な未解読のただ中で生活用品の在庫管理だけ異様にうまくなる。
生の中心は保留のまま柔軟剤だけは切らさない。
存在の設計図は白紙のまま卵の残数だけは把握される。
答えの欠品より先にキッチンペーパーの欠品が発見される。
宇宙の由来は棚上げのまま納豆の賞味期限だけは見逃されない。
世界観は保留のまま豆腐は木綿か絹かで迷われる。
身体もまた所有物というより長期レンタルに近い。
まぶたは閉じる。
胃は働く。
爪は伸びる。
皮膚は季節をうすく記録する。
こちらの理解を待たずに進行していくものへ、シャツが重なり、匂いが移り、ポケットに鍵が入り、今日の自分という携帯形態が整う。
由来は遠い。
終点も遠い。
その途中区間だけが異様に生活へ密着している。
電車の窓に映る顔は今日の仕様書みたいな顔をしているのに、その仕様書の発行元は最後まで見つからない。
人は発行元不明のまま自分を着用している。
この身体は説明されない。
それでもハンドクリームは塗られる。
事情不明のまま乾燥だけは防がれる。
存在論が留守でもささくれには絆創膏が貼られる。
生の出典は不明でも寝違えた首には湿布が選ばれる。
魂の仕様が不在でもコンタクトだけは左右を間違えずに入れられる。
昼のあとには見えなかったものが遅れて届く。
会話の残響。
選ばなかった言葉。
笑って通過した場面に残った微細なささくれ。
昼には整列していた気分が夕方には露店みたいに並び始める。
その露店の前を人は買い物袋を下げたまま通る。
スマホの充電は減る。
空の色も変わる。
朝から持ち運ばれている大きな未提出だけはまだ手元に残っている。
誰もそれを提出しないまま明日の予定を確認する。
カレンダーの四角は埋まる。
埋まらないものだけいつまでも別の層にある。
予定は増える。
説明は増えない。
それでも夕飯のことは考える。
解明の手前で鍋の火加減だけはちゃんと見られる。
その手つきが一日を持ちこたえさせる。
答えのかわりに煮える音だけが台所へ満ちる。
存在の底は沈黙したまま味噌汁だけが湯気を立てる。
根本の扉は閉じたまま包丁の刃だけがやけに正確に光る。
世界の設計思想は見えないままネギだけが細く刻まれていく。
夜には別の帳簿が開く。
風呂上がりの髪。
机に置かれたコップの水。
通知のない画面。
カーテンの向こうを流れていく車の灯り。
眠れば意識は切り替わる。
その切り替え技法も知らないまま、人はアラームを設定し、充電器を差し、明日の始動権を小さな矩形に預けて目を閉じる。
再開の保証書はどこにもない。
目覚ましの時刻だけは律儀にセットされる。
眠りは毎晩、意識へかかる編集作業に近い。
どこが切られ、どこが残り、どこから明日が継続扱いになるのか、その編集室の所在は伏せられたままなのに、朝になるとまた話の続きが始まる。
毎晩、人は小規模な途絶を引き受けて眠る。
毎朝、その続きとして歯を磨く。
この接続の雑さを世界は一度も説明しない。
説明の不在は巨大なのに目覚まし音だけはやけに具体だ。
存在の再開ボタンは不明のままスヌーズだけが機能する。
永遠の構造は不在のまま充電だけが百パーセントに近づいていく。
一日という単位は、かなり無茶をしている。
重力、記憶、食欲、通知、眠気、季節、約束、体温。
種類の違うものが全部ひとつの身体へ雪崩れ込みその身体はなんとか持ちこたえている。
朝に選んだ服で夕方の感情まで引き受け、昼に聞いた一言を夜までポケットに入れて歩く。
昨日の名残と明日の予感を同じ肩へ掛けたまま、信号待ちで空を見る。
星のことは解けない。
時間の中身も見えない。
それでもスーパーの袋は腕に食い込み、レシートは薄く折れ、冷えたペットボトルは手のひらに水気を残す。
巨大なものは巨大なまま細部だけがこちらへ落ちてくる。
生活はずっとその具体の圧で前へ押されていく。
宇宙が未記入でもハンドソープはなくなる。
存在が未解読でも爪は伸びる。
その両方が同時に進行している。
説明不能のただ中で賞味期限だけが静かに減っていく。
永遠の不在より先に豆腐の期限が切れる。
形のない謎より先にゴミ出しの曜日がやってくる。
終わりの制度設計は不明のまま、燃えるゴミだけが火曜に出される。
人は未解読のまま運用している。
玄関で鍵を探す。
エレベーターで立つ位置を選ぶ。
テーブルの水滴を指で寄せ集める。
会話の温度差を保存する。
切れそうな柔軟剤を思い出す。
名前のつかないものを抱えたまま、名前のつく用事だけ先に片づけていく。
存在の全体は依然として奥に沈んだままなのに、コンビニの自動ドアだけは今日も正確に開く。
その正確さの中を説明のつかない生が通過していく。
片手にお茶を持ち、残高を気にし、雲の形を一瞬だけ見上げながら、今日という仮設を通っていく。
解けていないものを抱えたままちゃんと通っていく。
その健気さをたぶん世界は採点しない。
勲章も出ない。
拍手もない。
それでも朝はまた来る。
歯ブラシは翌朝の位置で待ち、蛇口は冷たく、光はカーテンの隙間から容赦なく差し込み、止まっていた話の続きみたいに一日が再開する。
再開の仕組みは知らない。
赦された覚えもはっきりとはない。
それでも人は毎朝すこしずつ赦された者みたいに起き上がる。
大きな説明が降りてきたわけでもないのに、牛乳は買い足され、シャツは選ばれ、眠気を引きずった身体はまた駅へ向かう。
その反復の奥で名もない恩赦みたいなものが生活の隅に薄く堆積している。
永遠の構造はわからない。
時間の中身も見えない。
それでもパンはちぎられ味噌汁は湯気を立て充電は朝までに満ちている。
巨大なものは巨大なまま細部だけがこちらへ届く。
その細部のなかに救いと呼ぶには小さすぎる、けれど救い以外に呼びようのないものが混じっている。
たとえば、ちゃんと沸く湯。
たとえば、乾いたタオル。
たとえば、改札がいつもどおり開くこと。
たとえば、昨夜ほどには絶望していない午前九時。
たとえば、誰も宇宙の説明を受けていないのに、それでも遅刻しないよう走る足。
たとえば、意味が追いつく前に今日が配達されてしまうこと。
こちらがまだ感謝を言えないうちに、もう次の朝が玄関先へ置かれていること。
だから一日は今日も勝手に先へ進む。
勝手にではなく。
もしかしたら黙って搬送されているのかもしれない。
こちらがまだ理解を受け取る前に。
こちらがまだ赦しの書式を知らないうちに。
名前のつかないままそれでもちゃんと今日へ届いてしまっている、そのこと自体がもうほとんど知らせだ。
福音というにはあまりに薄く日常というにはあまりに深い。
豆腐の期限が切れる速度でしかし光のように。
目覚ましの音みたいに無遠慮でしかも妙に確実に。
説明のない世界を貫いて生活だけがこちらへ届く。
届くたびに人はまた、未解読のまま顔を洗い、靴ひもを締め、残高を気にし、誰かに返信し、鍋の火を弱め、眠気を連行したまま駅へ向かう。
解けていないものを抱えたままなお今日へ間に合ってしまう。
そのことを祝福と呼んでしまってもたぶんもう罰は当たらない。





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