何も失敗してないことになる。
誰にも知られない、たった一度の見送り。
ねえ、ちょっといい? ごめん、急に。俺さ、アイドルグループ作ってんの。で、今あなた見て、ちょっと大変なことになってる。いやマジで。
俺、何年もアイドルのことばっか考えて生きてんのよ。音楽も衣装も振付も映像もステージも、全部ひっくるめて、どうしたらとんでもないものができるんだろうって。音楽だけよくてもダメだし、かわいい服着せればいいって話でもないし、ダンスが揃ってれば完成ってわけでもない。全部が噛み合った瞬間に、それまで別々だったものが急に一つのものになるじゃん。俺、あれに人生使いたいの。ていうか、もう結構使っちゃってんだけど。
でさ、ずっと考えてきたわけ。何を作るか。どう作るか。何が足りないか。そこにはもう、いくらでも時間かけられるのよ。でも、誰がそこに立つのかだけは、俺の努力でどうにかなる話じゃないんだよね。
俺、アイドルって天賦の才だと思ってんの。歌とかダンスとか、もちろん大事よ。でもそれだけなら、上手い順に並べれば一番すごいグループができるはずじゃん。実際そうならないから、俺この仕事に取り憑かれてんだと思う。全員がその人を見る理由を、誰も一つに決められない。見てる側は好き勝手なこと言うんだけど、そのどれにも収まりきらない。そういう存在を前にしたら、俺が何年かけて考えた演出だって、まだ全然足りないかもしれない。そしたらもう、最高じゃん。やり直せばいいんだから。
俺、自分の作ったものにはめっちゃ自信あるよ。でも、それよりすごいものが目の前にあったら、昨日までの正解なんか喜んで捨てる。そんなものを守るためにアイドル作ってるわけじゃないから。
で、あなた見たとき、なんか急に、あ、もしかしてって思っちゃったんだよね。
いや、待って。ここがほんと最悪なんだけど、俺、あなたのこと何も知らないの。名前も知らないし、声も知らないし、アイドルやりたいかどうかも知らない。今までどんなことしてきたかも、何が得意かも、何が嫌いかも知らない。これで運命ですとか言い出したら俺もさすがに通報されていいと思う。だからそういうこと言いたいんじゃない。ただ、何年もかけて考えてきたことが、あなたを見た瞬間から勝手に動き始めちゃったの。俺、こういうことが起きるからアイドルが好きなんだって、今めちゃくちゃ思ってる。
でもさ、もし勘違いじゃなかったらどうすんの。
そこ考えちゃったら、もう無理だった。
俺ね、あなたがやるって言ってくれたら、まず今まで決めたことを全部もう一回考える。作った曲を何が何でも使おうとか、決めたコンセプトに合わせてもらおうとか、そういうのはやらない。あなたが何を面白がるのか知りたいし、何を嫌がるのかも知りたい。それを聞いたうえで、音楽も衣装も振付もステージも、必要なら最初から組み直す。俺一人でできないことは、できる人を探して頼みに行く。予算が足りなきゃ仕事増やして金作る。時間が足りなきゃ俺の予定を削る。半年かけて準備したものが違うと思ったら半年分やり直す。誰も来ないライブの日だって、来てくれた一人に手を抜かない。それを一回やって満足じゃなくて、何年も続ける。
俺、そこに関してはもう腹決まってんの。売れる保証なんかどこにもないし、俺の才能が足りなくて失敗することだってあると思う。でも、俺ができることをやらなかったせいで終わるのだけは絶対嫌なのよ。俺が勝手に始めたことなんだから、金も責任も俺の側に置く。あなたに俺の人生を背負わせる気はない。そこ勘違いされたら困る。めっちゃ困る。今日こんなこと言ってる時点でもう十分困らせてるんだけど。
でね、一番怖いこと言っていい?
俺、今あなたに声かけないで帰っても、たぶんアイドル作れるのよ。曲も作れる。ライブもできる。頑張れば、いつか大きい会場に立てるかもしれない。で、客席がいっぱいになって、みんな喜んでくれて、俺も嬉しくて、最高だったなって帰るじゃん。
その帰り道に、今日のこと思い出したらどうすんの。
あの日、あの子に声かけてたら、ここに何があったんだろうって。
これさ、誰にもわかんないんだよ。俺が声かけなかったら、そんな可能性があったことすら誰も知らない。何も失敗してないことになるの。俺だけが知ってる。あのとき怖くなってやめたって。
それだけは嫌だ。
だって俺、アイドルのためなら人生変えられると思ってんのに、たった一人に声かけることもできなかったら、もう何を信じて仕事すりゃいいのよ。今まで散々、妥協したくないとか言ってきてさ。じゃあここで妥協すんなよって話じゃん。めっちゃシンプル。笑えるくらいシンプルなのに、今、手が震えるくらい緊張してんの。ほんとダサい。
だから、一回だけ俺が何を作ろうとしてるのか見てほしい。音楽も、作品も、活動のことも。気に入らなかったら断っていい。あなたにはあなたの予定があるし、やりたいこともあるだろうし、俺の事情なんか知ったこっちゃないじゃん。それでいいの。俺の熱意であなたの返事を変えたいわけじゃない。ただ、もし面白いと思ってくれたら、そこから初めて話をしたい。俺、あなたのこと何も知らないから。本当に何も知らない。知ったら全然違うかもしれないし、今よりもっと大変なことになるかもしれない。
俺の人生で今日がどれだけ大きい日になるか、まだあなた次第でもないんだよね。俺の勘違いかもしれないから。でもさ、もし勘違いじゃなかったら。俺が今日声をかけなかったせいで、それが一生わからないままになるのだけは嫌なんだよ。だから今、めちゃくちゃ本気で声かけてる。あなたが何者なのか、まだ何ひとつ知らないままで。

