帰る途中をまだ終わらせない技術
夕方のタバコ屋の前に制服姿の数人がいる。誰もタバコは買わない。店へ入る様子もない。一人は自転車にまたがったまま片足を地面につけている。鞄は前かごに入っている。二人だけ地べたに座っていることもある。歩道と店先の境目あたり。座るために作られた場所ではない。制服が汚れそうな高さまで身体を下ろしてそのまま話している。
なぜそこなのか。場所の良さでは説明しにくい。椅子はない。空調もない。車が通る。人にも見られる。もう少し歩けば店があるかもしれない。それでも数人で止まるには足りないものの多さが都合よさそうに見える。注文しなくていい。何時までいるか決めなくていい。誰かの家へ上がる理由もいらない。「ここへ遊びに来た」と呼べるほどの目的も必要ない。
滞在しても怒られにくい端っこ。
完全にいていい場所ではない。明確にいてはいけない場所でもない。店の中なら客になる。道路なら通行人になる。家なら誰かの客になる。公園へ入れば公園に来た人になる。店先の脇には役名がない。三人で話していても何をしている三人なのか確定しない。その曖昧さに数十分を置いておける。
自転車にまたがった姿にはその時間の状態がそのまま出ている。自転車はここから先へ行くためのものなのに乗った状態で止まっている。鞄はもう前かごにある。身体も帰宅の形になっている。片足をペダルへ戻せば帰れる。それでも帰らない。
まだいる。もう帰れる。 その二つが同時に残っている。
地べたに座ると少しだけ滞在側へ傾く。腰を下ろす。鞄を置く。誰かも座る。立つには一度身体を起こさなければならない。数十秒前まで誰も使っていなかった道路脇に動かない配置ができる。壁も机もない。屋根すらないかもしれない。それでも身体の置き方だけでそこに内側が生まれる。
汚れることを気にしていないのかは分からない。家へ着いたらスカートや鞄を払うのかもしれない。親に見つかる前に埃を落とすのかもしれない。少なくとも座っている間だけ地面の汚れは身体を立たせるほどの理由になっていない。
汚さないことより今ここを終わらせないことの方が少し上にある。
大事な話をしているとは限らない。誰かから来たメッセージを見せる。先生の話をする。動画を一本見る。明日のことを少し言う。一人が喋っている間に別の一人はスマホを触っている。全員が同じ話へ参加していない時間もある。沈黙が来ても解散にはならない。何かをするために集まったわけではないので何もしていない数分までそのまま続けられる。
最初から居場所として選ばれたわけでもなさそうに見える。一度たまたま止まった。話が長くなった。次の日も誰かがそこで自転車を止めた。何度か続くうちに場所を選ぶ工程そのものが消える。
そこだから集まるのではない。 集まったことがあるからそこになる。
学校を出た時点で授業は終わっている。家に着けば放課後もだいたい終わる。その間には「帰宅」という名前がついている。実際の帰宅は一直線ではない。駅まで歩く。自転車を止める。一人増える。話す。一人帰る。まだ残る。目的地へ向かう時間の途中に目的地へ近づかない数十分が挟まる。
休憩では少し違う。遊びでは予定がありすぎる。たむろしていると呼べば外から見た形しか残らない。
一日の中でまだ名前のない時間だけが道路の端に残っている。
街にはその時間のための場所が用意されていない。だから道路の端を少しだけ使う。椅子がないから地面に座る。帰れるように自転車にはまたがったままでいる。誰かが「じゃあ」と言ったところから一人ずつ移動へ戻っていく。
タバコ屋の前にいた理由は最後までタバコ屋にはない。
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日常の中には名前がついたことで見えなくなったものがかなりあります。放課後。写真。可愛い。お金。学校。友達。仕事。未来。
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知っているものがもう一度わからなくなる。
その状態から何かが始まることがあります。
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