勇気ってなんであんなに見た目が良すぎるんだろうね。
いや勇気そのものが悪いって話じゃない。
語られ方のほう。
あれがちょっと綺麗すぎてる。
磨かれすぎてる。
ショーウィンドウの中の靴みたいに履く前から完成して見える。
実際に履いたら靴擦れするかもしれないのにガラス越しだとそういう痛みだけ先に編集される。
勇気ってたぶんずっとあんなふうに扱われてる。
言い切った。
飛び込んだ。
変えた。
守った。
勇気ってだいたい結果と一緒に並べられる。
本体はその少し前にあるよね。
喉が狭い。
変な汗かいてる。
一回トイレ行きたい。
あと五分だけ先延ばししたい。
どうせうまく言えない気がする。
それでもここで引いたらあとで自分の顔を見たくなくなる。
それでなんとか口を開く。
あのぜんぜん映えない数分。
たぶん勇気ってほぼあそこなんだよ。
なのに話になるころにはきれいになる。
勇気を出して告白しました。
勇気を出して辞めました。
勇気を出して挑戦しました。
わかる。
わかるけど、そこだけ切り取ると勇気が急に広告になる。
本来もっと生活にまみれているはずなのに。
今、向こうの人が自販機の取り出し口を二回のぞいた。
何も出てないのに。
ああいう瞬間妙に好きなんだよね。
人ってないとわかってるものを一回見に行く。
勇気も少し似てる。
どうせ無理かもしれないのに一回だけ手を入れる。
取り出し口みたいな時間がある。
期待してるというよりまだ完全には諦めきれてない。
その半端さが人っぽい。
で、勇気もたぶんあの半端さの側にいる。
勇気がきれいに見えすぎる理由のひとつはあとから説明されるからだと思う。
人ってあとから線を引くのがうまい。
あのときの決断が今につながっているって。
現場ではそんなに一本じゃない。
意味があるかもわからない。
ほんとにこれで変わるのかもわからない。
むしろ何も変わらないかもしれない。
ただこのまま黙ると自分の内側が少し腐るとか。
ここで行かないとあとでずっと残るとか。
そういう形の悪い理由でしか動けないことがある。
勇気ってその形の悪さの中にあるのに語ると急に直線になる。
それで見た目が良くなりすぎる。
あと勇気って道徳語なんだよね。
そこもずるい。
最初からいいものとしてラベルが貼られてる。
勇気を持とう。
勇気ある行動。
勇気が人を変える。
そうやって先に金箔が貼られる。
実物ってそんなに金じゃない。
もう少し湿ってる。
持った瞬間ちょっと手に残る。
きれいというより生々しい。
触れたあとに、あ、これ戻せないな、って感じがする。
誰もあんまり言わないけど勇気って少し不格好だと思う。
映画のせいもあると思う。
いや映画だけのせいじゃないけど。
勇気の場面ってだいたい照明が味方するじゃん。
音楽も入るし。
現実の勇気ってもっと照明が悪い。
駅のホーム。
既読のつかない画面の前。
会社のトイレ。
コンビニのレジ待ち。
蛍光灯が妙に白い場所で起きる。
しかもそこで人は別に誰にも見られてないのに自分だけには見られてる。
あれがきつい。
勇気ってスポットライトの下のものじゃなくてむしろ白すぎる蛍光灯の下のものかもしれない。
あ、今、レジ横のホットスナック見てる人がいる。
こういうのも少し近いんだよね。
買うほどでもない。
でも少し欲しい。
言うの一瞬だけ恥ずかしい。
大事件ではない。
言わずに通り過ぎたらあとでちょっと残る。
勇気ってああいう小ささにも棲んでる。
英雄譚だけじゃない。
むしろその逆で人生をほんとうに支えてる勇気ってだいたいあのくらいのサイズかもしれない。
返事をひとつ返す。
今日は無理だと言う。
会いたいと認める。
嫌だと認める。
もう終わりだと決めつけない。
そのくらいのでも引き返しにくいやつ。
いちばんややこしいのは勇気が怖くないことみたいに見えることだと思う。
ここかなり誤解されてる。
怖くないから行けた。
自信があるから言えた。
そう見える。
それって勇気じゃないこともある。
ただ自然だっただけかもしれない。
勇気って本当は怖さがちゃんと残ってる場面でしか発生しないはずなんだよ。
怖い。
恥ずかしい。
失敗しそう。
嫌われるかもしれない。
空気が悪くなるかもしれない。
それでももう引っ込めない。
この恐怖を連れたままの動き。
そこにしかない。
だから勇気って綺麗なものというより恐怖と並走してる奇妙な筋肉みたいなものかもしれない。
ちょっと見て、ガラスに歩いてる人の影が少し遅れて映ってる。
ああいう遅れ好きなんだよね。
現実にきっちり間に合ってない感じがするから。
でも人ってだいたいあのくらいじゃない。
感情は少し遅れる。
理解も少し遅れる。
決意なんてもっと遅れる。
なのに勇気だけは即時でしかも立派だったことにされる。
そこがずれる。
本当はもっと遅れていてもっと揺れていてもっと途中のはずなのに。
勇気って強い人のものみたいに語られすぎるけど実際は逆かもしれない。
強いから出せるんじゃなくてもろいまま出すしかなくなったときに出る。
ちゃんと傷つきそう。
ちゃんと引き返したい。
ちゃんと無理だと思ってる。
そこから一センチだけ前へ出す。
一センチ。
ほんとにそのくらい。
人生を変える決断とかそういうものの前にもたいてい一センチの前進がある。
その一センチがあとから勝手に美談へ編集される。
何の話してたっけ。
ああ勇気がきれいに見えすぎる理由か。
もうほとんど答えは出てるんだよね。
勇気って結果だけが語られる。
恐怖は先に切られる。
躊躇も消される。
みっともなさは編集で落とされる。
そのあとに残った形だけ見て勇気は美しいって言ってる。
実物はもっと汗ばんでる。
もっと迷ってる。
もっと生活に近い。
もっと途中でコンビニに寄りそうな顔をしてる。
だから本当に信用できる勇気ってたぶん立派な顔をしてない。
少し声が揺れてる。
言い方も微妙。
順番も変。
その崩れたままの一歩にあとからしか名前がつかない。
そのあとからつく名前が勇気なんだと思う。
きれいだから尊いんじゃない。
きれいじゃないまま出てしまうから目が離せないんだよね。










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