聴きたい音の
六秒前から。
二分十七秒で低音が戻る。
その前に一拍だけ音が薄くなる。右のイヤホンを押し込む。再生バーを指で動かして二分十一秒へ戻す。
目当ての音が鳴るまで六秒ある。
六秒待つと低音が戻る。もう一度聴きたくなってまた二分十一秒へ戻す。通学中の電車でも帰宅後の部屋でも同じところから始める。二分十七秒の音が好きならそこから再生すればいいのにそうしない。指を離す位置は何度も確かめている。
一度だけ二分十七秒へ正確に飛んでみる。
好きな音はちゃんと鳴った。低音の重さも広がり方も変わっていない。聴きたかったものは聴けた。それでも何かを飛ばしてしまった感じが残る。結局もう一度二分十一秒へ戻す。
一拍だけ薄くなるところから聴く。低音が戻る瞬間を知っているから薄くなったときにはもう待っている。六秒の間に起きることを覚えている。何が来るかも知っている。それなのに六秒を省くと違う。
聴きたい音の位置を知っているのに別の位置から聴き始める。
ある夜に友だちへその曲を送る。リンクの下に「2:11から聴いて」と書く。二分十七秒が好きだと伝えたいのに六秒前を指定した。送信したあとで少し気になる。二分十七秒からと書けばもっと正確だったのだろうか。
返事は夜遅くに届く。
二分十三秒。
そんなところに何があっただろう。
再生バーを二分十三秒へ動かす。右側で短い音が鳴る。声の切れ端にも金属が触れた音にも聞こえる。何の音かはわからない。曲が終わる頃には覚えていなかった音。
何十回も二分十一秒に戻していたのに気づかなかった。
気づかなかったという言い方も正確ではないのかもしれない。二分十七秒を待っている間の二分十三秒は通り過ぎる場所だった。そこに好きになる音があるとは思っていなかった。
友だちはその通過点を選んだ。
送った側が聴かせたかった場所と受け取った側が好きになった場所は違う。二人とも同じ音源を再生した。音源は編集されていない。二分十三秒の音は最初に聴いた日からそこにあった。
送信したメッセージを見返す。
二分十七秒を渡すつもりで書いた数字が二分十三秒も渡していた。
相手に最初の六秒を聴かせることは選べた。相手がその六秒のどこを覚えて帰るかまでは選べなかった。
もう一度二分十一秒へ戻す。
今度は二分十三秒を待っている。右側で小さな音が鳴る。それから低音が薄くなり二分十七秒で戻る。
さっきまで一つだった六秒に二つの目当てができている。
別の誰かは二分十三秒にも十七秒にも何も感じないかもしれない。それは確かめない限りわからない。同じ曲を聴いても記憶に残る場所が一致するとは限らない。
誰かに曲を送るときはそのことを考えずに再生位置を指定していた。
最初に二分十一秒へ戻したときは二分十七秒を聴くためだった。
いま二分十一秒へ戻すのは二分十三秒も聴きたいから。
再生バーに指を置く。二分十七秒へ直接飛ぶこともできる。
指は二分十一秒に戻っている。

