No Free Plan

優しさは本当に無料なのか。無償の優しさと設計された優しさの違いを、感情労働と再現性の視点から静かに分解する思考実験。

優しさって
なんかFree Wi-Fiみたいな扱いされてない?

そこにあって当然
パスワード不要
無制限
遅くなったらストレス

でもさ
それ回線じゃなくて人

誰かが話を聞く
誰かが空気を整える
誰かがあなたの雑な言葉を角が刺さらない形に再編集して返す

それ裏でCPUぶん回ってる

優しい人は高性能プロセッサー積んでる

未処理の感情を受信
ノイズ除去
温度だけ下げて返す

しかも無音で

なのに社会はそれを
当然のこととして処理終了

報酬ゼロ
メンテなし
バッテリー残量の確認もなし

そして言う

「元気ない?」

冷たくなったんじゃなくて
ただ容量オーバー

優しさは空気じゃない
資源でもない

処理

そして演算にはコストがある

あなたが求めてるのは
愛とか共感とかじゃなくて
拒絶されない時間じゃない?

急にシャットダウンしない人
機嫌が乱高下しない人
今日も安定している人

それ奇跡じゃない

設計

無料の優しさは美しい
でも美しいものを
常時稼働させるのは雑

優しさを消費してる自覚がないまま
「自然でいてほしい」と願うのは
わりと残酷

優しさはインフラ

インフラは
称賛より保守がいる

ここでちょっとだけ立ち止まる

あなたは
優しさを受け取ってる側か

それとも
ずっと処理している側か

どっちでもいい

少なくとも
優しさはフリープランじゃない

無制限でもない


あなたが当然だと思ってるその安定は
誰かの静かな高負荷で成立してる

気づいた瞬間から
使い方は変わる

変わらないなら
それは優しさじゃない

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この記事を書いた人


Floor Level Mind運用中。
都市の標準装備を静かに観察する人。
未完了と疲労のあいだで思考する。
高さを落とすことで、解像度を上げる。

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