光は先に知ってる

すれ違った人を「良いな」と感じるまで、光は目から神経へ入り、記憶や身体と混ざって感情になる。人は本当に徹底的に孤独な存在なのか。

あの人とすれ違うまで、
世界はまだ何も言わん。

名前も知らん。
声も聞いてない。
たぶん、もう二度と会わん。

それでも、その人が視界に入った瞬間、
あなたの身体はもう
さっきまでと同じではないとよ。

最初に届くのは、
その人についての意味やない。

ただの光。

頬や髪や服に当たって跳ね返った光が、
空間を渡り、あなたの目に入る。

角膜を通り、瞳孔を抜け、
水晶体で曲げられて、網膜に届く。

その人に触れた光が、
いま、あなたの身体の内側にある。

網膜では、光を受け取る細胞が反応し、
それを電気信号へ変える。

信号は視神経を通り、
脳の奥にある視床を経て、
後頭葉の視覚野へ送られる。

そこで脳は、明るさや色や動きを分けて受け取り、
目の前にひとりの人がおるという出来事を
少しずつ組み立てていく。

あなたが意識して見るより先に、
脳はもう、その人の歩幅の癖や肩の傾き、
頬に落ちる影、服の色が周囲の明るさからどう浮くか、
視線がどこに置かれとるかまで拾い始めとる。

その情報は側頭葉や頭頂葉へ渡されて、
その人がどちらへ動いとるか、
どんな存在として見えるかが
ほとんど同時に判断される。

脳は、
いま目の前にあるものだけでは判断せん。

昔好きやった顔。
安心した表情。
映画の中で長く見つめた誰か。
理由もなく覚えとる色や仕草。

そういう記憶まで呼び出して、
いま見えた人に重ねていく。

脳は、知らん人を
過去の記憶で仮綴じするとよ。

やけん、あなたが見よるのは
その人ひとりだけではない。

これまで誰かを好きになった時のことや、
誰かのそばで安心した時のことも、
うっすら一緒に見よる。

その照合の中で、
扁桃体や眼窩前頭皮質、
報酬に関わる神経回路が動き始める。

この人は気になる。
もう少し見たい。
近くにおってもよさそう。

そんな評価が、
言葉になるより先に生まれる。

その信号は、
脳の中だけでは終わらん。

視床下部や脳幹を通って自律神経へ渡り、
心拍の間隔や呼吸の深さを少し変える。

瞳孔がわずかに開き、
視線がその人のほうへ寄る。

身体はあなたに報告する前に、
もう返事を始めとるとよ。

そして今度は、
変化した心臓や肺や血管の情報が、
神経を通って脳へ戻ってくる。

その信号は迷走神経や脊髄の経路を上がり、
島皮質や帯状皮質へ届く。

外から来た光と、
身体の内側から戻ってきた変化が重なって、
ようやく意識の中に、

良いな

という感覚が現れる。

気持ちは、
胸の奥に登記された私有地やない。

その人と、光と、記憶と、神経と身体が
数秒だけ同じ出来事になって、
その場で生まれたもの。

やけん、その「良いな」は
あなたのものやけど、
あなただけのものではない。

相手もあなたを視界に入れたなら、
相手の身体でも似た処理が起きる。

歩く線を少しずらしたり、
目を合わせるか外すかを決めたり、
すれ違う距離を無意識に調整したりする。

触れてなくても、
ふたつの神経系は同じ空間を読みながら、
互いの次の動きを変え合っとる。

もちろん、
あなたの痛みを誰かが
まったく同じ形で感じることはできん。

心の中身を、
そのまま手渡すこともできん。

でも、それは
あなたが世界から切り離されとるという意味ではない。

あなたは密閉容器やない。

光が入り、
空気が入り、
言葉が残る。

誰かの表情が、
あなたの呼吸や心拍まで変えていく。

あなたの視線や動きもまた、
誰かの身体へ届いていく。

あなたの内側は、
世界から完全に閉ざされた部屋やない。

外から来たものが触れ、
神経を通り、
記憶と混ざり、
別の形になって残っていく。

すれ違っただけの人が、
あなたの中に小さな変化を残す。

その変化は、
記憶に残らんかもしれん。

それでも、その瞬間、
あなたはひとりでは起こせない感情を生きた。

孤独が完全な真実なら、
そんなことは起こらんはずやろ。

けれど実際には、
知らない誰かに触れた光があなたへ届き、
神経を通り、
ひとつの感情になった。

つながろうとせんでも、
あなたは最初から
完全には閉じられてない。

そう思えん日にも、
光のほうは先に知っとる。

あなたが、
ひとりだけではできていないことを。

それは救いと呼ぶには、
あまりに小さいかもしれん。

でも、
孤独だけが真実ではないと知らせるには、
十分な光たい。

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Author

GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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