まだ一度も、自分の一日を発明していない

人は自由に生きているようで、用意された選択肢の中を歩いているだけかもしれない。才能が消えずに保存され、未来が言い訳へ変わるまでを、自分の一日を発明するという視点から書いた文章。

世界って不思議だ。誰も「こう生きろ」と命令していないのに、気づけば多くの人が同じ方向へ歩いている。学校へ行き、働き、お金をもらい、疲れ、休み、また働く。その流れを否定したいわけじゃない。その中で満足している人もいるし、そこにしかない幸福もある。ただ、人間は何十億人もいるのに、生き方の型だけ異常に少ない。まるで膨大な人数に対して、用意された脚本が数種類しかないみたいだ。自由を与えられたように見えて、実際に渡されているのは、自由に見える選択肢なのかもしれない。どのバイトにするか。どの会社に入るか。どこへ住むか。どのサービスを使うか。選べるものは多い。でも「何をしているとき、自分の内部が最も激しく動くのか」だけは、ほとんど誰も聞かない。面白さは履歴書に書く欄がないし、熱中は査定項目にも入らない。社会は人を自由にしたというより、選択を大量に用意して、発明する必要だけを見えにくくした。

その結果、人は自分が何に夢中になれるのか知らないまま、自分を維持する技術だけ上達していく。食べていける。怒られない。遅刻しない。平均点を取れる。誰にも迷惑をかけない。求められた役割を、それなりの品質で返せる。社会の中で故障せず動き続ける能力は高くなる。そのかわり、昨日まで存在しなかった自分になる方法だけ、誰も教えてくれない。教えられないのかもしれない。まだ存在していないものには、手順書を作れないからだ。社会は才能を潰しているわけじゃない。そんな露骨なことをすれば、さすがに誰かが気づく。もっと静かに、才能を使わなくても生活を維持できる仕組みを作った。だから才能は死なない。押し入れにしまわれる。しまわれたまま、「そのうち」「落ち着いたら」「余裕ができたら」という湿気の少ない言葉で、何年も丁寧に保存される。

ただ、可能性は保存に向いていない。我慢は何年でも続けられるのに、やりたかったことは、やらなかった時間の分だけ形を変えていく。最初は衝動だったものが、次第に予定になり、予定が保留になり、保留が過去になる。消えるわけじゃない。もっと厄介なものへ変わる。「今さら」「もう遅い」「現実を見なきゃ」という、ずいぶん聞き分けのいい言葉になる。夢が消えたわけじゃない。未来が発酵して、言い訳になっただけだ。その頃には、その言葉が自分の判断なのか、親や教師や同僚やSNSから借りた判断なのかも分からなくなっている。人は他人に命令され続けると反発する。でも、他人の声を自分の声として再生できるようになると、反発する相手そのものが消える。支配が完成するのは、従った瞬間じゃない。借り物の判断を、自分の常識だと思い始めた瞬間だ。

だから、安定より不安定を選べと言いたいわけじゃない。挑戦を美化したいわけでもない。危険な選択をすれば本物になれる、みたいな雑な宗教を始めるつもりもない。ただ一つだけ、本当にその生き方は自分が発明したものなのか、疑ってみてもいいと思う。今いる場所を選んだ理由。続けている理由。諦めた理由。欲しいと思っているもの。怖いと思っているもの。その一つひとつが、自分の内部から生まれたのか、それとも既に完成していた説明を採用しただけなのか。もし後者なら、間違っているわけじゃない。ただ、誰かが先に完成させたテンプレートの続きを、自分の名前で読んでいる可能性がある。

人間が苦しいのは、幸福になれないからだけじゃない。自分の時間が、自分以外の誰かによって先に説明されていることに耐えられないからだと思う。こう働けば安心。こう暮らせば立派。こう振る舞えば好かれる。こう諦めれば大人。正しい説明はいくらでもある。でも、説明が増えるほど、自分で一日を作る余地は減っていく。人は大きな成功を欲しがっているように見える。実際には、もっと小さくて、もっと根本的なものを欲しがっているのかもしれない。今日という一日が、昨日の続きではなかったという感覚。誰かに配られた予定ではなく、自分が初めて作った時間だったという感覚。人間は幸せになれないから苦しいんじゃない。まだ一度も、自分の一日を発明していないことが苦しい。

Written by stilloperable

GlassRoom
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GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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