あなたが捨てた未来の中には見たことすらないものがある

人は選ばなかったのではなく、最初から候補に入っていなかったのかもしれない。進路、仕事、自己理解、アイドルまで、未来の選択肢がどう非表示になるのかを考えるstilloperableの文章。

選ばなかったんじゃない。候補に入っていなかった。

人は選んだものについてはよく覚えている。

進学した学校、入った会社、続けた仕事、住んだ街、買ったもの、会いに行った人。そこには理由をつけられる。比較した、自分に合っていた、条件がよかった、あの時はそれが最善だった。選択には履歴が残る。あとから振り返れば、自分がどこで何を決めたのか、それなりに説明できる。

残りにくいのは、途中でやめたものではなく最初から始まらなかったものだ。一度も応募しなかった仕事、住むことを考えなかった街、作らなかったもの、使わなかった名前、人前に出なかったこと、撮られなかった写真。その中には、考えたうえで選ばなかったものと、そもそも候補として表示されなかったものが混ざっている。この二つを同じ「選ばなかった」で処理すると、かなり大きな部分が消える。

会社員とフリーランスを比較して会社員を選んだなら、そこには選択がある。会社員以外の働き方を自分の話として一度も考えなかったなら、比較自体が発生していない。候補が一つしか表示されていない画面でも、その一つを押せば操作としては選択になる。最後のクリックだけ本人に渡しておけば、その前に誰が候補を並べたのかはかなり見えにくい。

家庭でよく聞いた職業、学校で説明された進路、友達が選んでいるもの、身近な大人が知っている生活、検索すると上に出てくる答え、SNSで何度も見た成功例。そういうものが少しずつ自分用のメニューを作る。レストランの厨房に百品あっても、手元のメニューに六品しか載っていなければ、その夜に検討されるのはほぼ六品だ。残りの九十四品は禁止されていない。ただ注文の直前まで一度も上がってこない。

人にもかなり大量の九十四品がある。能力がなかったから消えたとは限らない。勇気がなかったとも、嫌いだったとも限らない。一度も自分用として表示されなかった。それだけで終わる未来がある。この消え方には失敗がない。諦めた記憶もない。やってみて違ったという経験すら残らない。

「あの時、写真を始めればよかった」と思うには、一度は写真を始める自分を想像している必要がある。想像すらしていなければ、失った感覚も発生しない。人はかなり多くの可能性を失いながら、損失そのものを観測せずに生活できる。夢は諦める前に消えることがある。夢として登録されなかったものには、諦める場面さえ用意されない。

ここへ過去が入ってくる。将来何になりたいかと聞かれて、知っている職業の中から答える。適性診断を受ければ、これまで答えた性格から向いていそうな仕事が返ってくる。動画を見れば以前見たものに近い動画が並び、音楽を聴けば以前聴いたものに近い曲が流れる。過去が未来の検索条件になる。昨日まで触れたものが、今日表示される候補を決め始める。

本人も同じことをする。「自分はこういう人だから」という一文には、かなり強い非表示機能がある。人前に出るタイプではない、文章は得意じゃない、センスがない、目立つのは好きじゃない、安定している方が合っている。そこまで言い切るための実験を何回したのかは、あまり問われない。写真を撮られたことがない人が写真に向いていないと知っていて、何かを売ったことがない人が商売には向いていないと知っている。まだ測っていないものに、判定だけ付いている。

自己理解は、ときどき未来を狭くする検索フィルターになる。自分について詳しくなるほど、自分が何をしない人なのかまで詳しくなる。「私はこういう人」という説明が精密になるほど、その説明に入っていない行動は異物に見える。過去の自分は現在より情報が少なかったはずなのに、未来の候補を削る権限だけはかなり長く残る。

GlassRoomでアイドルについて考えていると、この構造がかなり露骨に見える。「アイドルになりたい?」と聞かれて、即答で違うと言う人がいる。その答え自体を疑う必要はない。ただ、何に対してNOを出したのかは分けて考えられる。週に何度もライブへ出ること、長いレッスン、毎日のSNS、生活の大きな部分を活動へ移すこと、何年も続ける覚悟を入口で要求されること。それら全部が一つの箱に入った状態で「アイドル」と表示されていたなら、拒否されたのはアイドルそのものではなく、その名前でまとめて提示された契約条件かもしれない。

一時間だけ撮られる。一枚だけ残す。数秒だけ誰かの画面に現れる。文章でも、服でも、声でもいい。その時間だけ見られる側へ出て、終わったら帰る。三日後、知らない誰かがもう一度その人を探す。これをアイドルではないと言うなら、何が不足しているのか少し考えたくなる。活動時間なのか、継続年数なのか、本人が差し出した生活の量なのか。本人が使った一時間より、他人の記憶に残った時間の方が長くても、それでは足りないのか。

GlassRoomでは、アイドルをそこまで重く固定しない。You’re an idol when someone sees you once and wants to see you again. 一度見た人が、もう一度見たいと思ったら、だいぶアイドル。長く活動することと強く残ることを同じ数字で扱わない。毎週何時間使ったかより、活動が終わったあとに誰かの中で二回目が発生したかを見る。

そうすると「アイドル」という項目の表示方法が変わる。アイドルになりたいか、と聞かれたら違う。一度だけ自分を作品として外へ出してみたいか、と聞かれたら少し止まる。毎週ライブをしたいか、と聞かれたら違う。好きな時間だけ別の名前で現れて、写真や言葉や姿を残してみたいか、と聞かれたら答えが変わる。同じ人に聞いている。変わったのは本人ではなく候補の中身だ。

選択肢は名前だけ置けば成立するわけではない。その名前にどんな時間、負担、役割、未来まで抱き合わせているかで、自分の候補になるかどうかが変わる。「アイドル」は知っていたのに、自分が選べる形のアイドルは一度も見たことがなかった人もいるはずだ。

GlassRoomがアイドル志望者だけを見ていない理由は、そのあたりにある。昨日までアイドルという単語を自分に使ったことがない人が、数時間だけ自分を外へ出す。そこに本人も知らなかった反応が返ってくる。誰かがもう一度見る。その瞬間、候補一覧に最初から存在しなかったものが、後から現実になる。

人は自分の未来を全部拒否してきたわけではない。拒否するところまで届かなかった未来がかなり混ざっている。だからGlassRoomから聞くなら「アイドルになりたいですか」では少し違う。

あなたはそれを本当に選ばなかったんですか。

stilloperable

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Author

GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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