人は、自分が知っているものしか選べない。
知っている仕事。知っている価値観。知っている人。知っている幸福。人はその内側で比較し、迷い、決断する。選択肢が増えたように見えても、既に照明の当たっている場所を移動しているだけかもしれない。
それでも、ときどき予定になかった方向へ進む。
探していたものを見つけたからではない。探していなかったものに触れたから。
その瞬間には、まだ何も起きていない。ただ話しただけかもしれない。ただ同じ場所にいただけかもしれない。断るほどの理由もなく、なんとなく足を運んだだけかもしれない。
その場では名前すらつかない。
数年後、まったく別の場所から振り返ったとき、ようやく「あそこから始まっていた」と気づく。
私たちは、そういう出来事を偶然と呼んできた。
社会は、偶然が入り込む場所を少しずつ閉じている。
検索は、探しているものへ連れていく。推薦は、好きだと判断されたものを並べる。最適化は、遠回りと迷いと勘違いを削っていく。
欲しいものへ早く辿り着けるようになるほど、欲しいと思ったことすらなかったものは、視界から消えていく。
人との出会いも目的別に整理された。
恋愛のために会う。仕事のためにつながる。趣味のために集まる。会う前から理由が決まり、その理由に適合する相手だけが残る。
失敗は減る。時間も節約できる。
同時に、予定になかった未来も減っていく。
偶然を設計するとは、結果を決めることではない。
誰と誰を出会わせるか。そこで何を始めさせるか。どんな感情を抱かせるか。そこまで決めた瞬間、それは設計ではなく操作になる。
設計するのは、結果ではない。
人が自分の意思だけでは選ばなかった相手や場所や考えに、自然に触れてしまう条件をつくる。
そこでは、何かを好きになる必要はない。誰かと親しくなる必要もない。その場で意味を見つける必要さえない。
自分が知っている世界だけでは発生しなかった接触が、一つ増えればいい。
ほとんどは、そのまま終わる。
何も始まらない。
何も残らない。
偶然は、成功の別名ではない。
大量の無意味な接触のなかから、ごく一部だけが、ずっと後になって意味を持つ。
何が残るかは、先に決められない。
決められないから、偶然になる。
私たちは、偶然を管理したいわけではない。
既知だけで未来が閉じていく構造に、別の入口をつくりたい。
人が、過去に知ったものだけを材料に、次の選択を繰り返さなくて済むように。
まだ名前のない相手。
まだ理解できない考え。
まだ必要だと気づいていない場所。
そうしたものと接触する可能性を、社会の中から消さないために。
偶然を設計する。
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Written by stilloperable
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