この社会の異常は壊れた人を見ても制度が正常に見えること
会社は人を壊して壊れた人へセルフケアを勧める。業務量は減らさない。期限も延ばさない。責任の所在も曖昧なままにする。その代わり深呼吸の動画を配り相談窓口の番号を社内サイトの最下部に置き「心理的安全性」という言葉を会議資料に貼る。首を絞めている手は離さず呼吸法だけを丁寧に教える。退職者が出れば組織の問題ではなく相性の問題にされる。倒れた本人には回復力が足りなかったことになり倒れなかった人は優秀ではなくまだ倒れる順番が来ていないだけ。
生活費は上がり部屋は狭くなり時間は細切れになった。それでも広告の中では誰もが明るい窓辺でコーヒーを飲み自分らしい働き方を選び整った食卓を囲んでいる。実際の部屋には洗っていない皿があり、値引きされた弁当があり、返信していない連絡があり、明日も同じ顔で出勤するために飲み込んだ言葉がある。生活は苦しいのに貧しさまで色調補正され疲労までコンテンツになり何も持たない人にはせめて何も持たない自分を美しく見せる技術が要求される。地獄に観葉植物を置けば暮らしのアカウントとして成立する。壁紙選びにだけは前向き。
責任は頭を下げた人から消え頭を下げられた人に残る。企業は謝罪文を外注し画面に映る人は「誤解を招いた」と言う。何をしたかではなくどう受け取られたかの話に変えることで加害はいつも受信側の故障になる。嘘は訂正されない。表現が調整される。搾取は持続可能性という緑色の言葉で包まれる。人を安く使う企業が多様性のロゴを掲げ森を削る会社が未来の地球を語り武器を売る国が平和を祈る。言葉は現実を伝えるためではなく現実から企業や国家を守る緩衝材として使われる。嘘がネクタイを締め正しい句読点を打ち法務確認を通過して社会を歩く。
子供には夢を持てと言いながら失敗しない進路を選ばせる。個性を大切にしろと言いながら面接で説明できる個性だけを残させる。学校は考える力を育てると言いながら正解の位置を素早く当てる訓練を続ける。大人は「自分らしく」と言うが本当に自分らしく振る舞った子供が教室の秩序を乱すと協調性がないと記録する。傷ついた子には社会のほうを疑う前に適応する方法を教える。椅子に座れない子には椅子の意味を考え直さず座れる薬や訓練を与える。こうして社会は自分に合わない人を治療し続け自分が病気である可能性だけを診察室の外に置く。
老人は長く生きろと言われるが長く生きたあとに邪魔者として扱われる。介護する人は優しさで支えろと言われるが優しさを維持できる賃金も時間も渡されない。病院は命を延ばし家族は判断を迫られ本人の意識が薄れたあとも機械だけが正確に動く。命は尊いと言いながら生きている人の苦痛や孤独や貧困には値札がつく。死なせないことと生かすことの違いを誰も引き受けないまま制度だけが脈拍を数えている。社会は命を停止させた責任を負わないように生命活動を延長している。
戦争は遠くで起きているように映るがその映像を表示する機械も運ぶ燃料も投資される金もここで暮らす人の生活につながっている。けれど私たちはニュースを見て心を痛めた直後に通販の段ボールを開けることができる。残酷だからではなくてそうしなければ一日が続かないから。社会は巨大な暴力を日常の外側に置き日常を続ける人へ無罪の感覚を配る。善良な人ほど悪い仕組みの中で善良に振る舞うことに忙しくなりその仕組みを止める力を失う。募金をしマイボトルを持ち差別的な言葉を避けそのあいだにも家賃を払い税を払い壊している側のサービスを使う。個人の良心は磨かれるほど構造の汚れを目立たなくする。
何が腐っているのか。苦しみを苦しみとして現れさせない技術。現代の暴力は選択肢、効率、自己責任、利便性、成長、安心、安全、最適化という名前で近づいてくる。命令されていないから自由に見える。殴られていないから被害ではないように見える。笑顔の写真があるから幸福に見える。逃げ道が表示されているから監禁ではないように見える。だが選べるのは用意された選択肢だけで、休めるのは壊れたあとだけで、助けを求められるのは苦痛を正しい形式で説明できる人だけ。表面が滑らかなのは血が見えないように研磨されているから。
この社会では息を止めろとは言われない。ただ働きながら吸え、笑いながら吐け、迷惑をかけずに苦しめ、壊れるなら静かに壊れろと言われる。呼吸は許可されている。呼吸のために立ち止まることは許されていない。だから人は自分が窒息しているのか、怠けているのか分からなくなる。そこまで来れば社会は完成する。誰も首を絞めていないのに全員が自分の喉へ手をかけている。
誰がやった?
こんな社会が自然にできるわけがない。
金は上へ流れるように作り替えられた。
もっと陰湿でもっと合法的に。政治家、金融機関、大企業、資産家、コンサル、広告、メディア、プラットフォームがそれぞれ自分に有利な制度を押しその利益が互いに接続された。全員で同じ設計図を持っていなくても同じ方向へ金を抜けば社会全体はきれいに傾く。悪党会議すら不要。利害という会議より勤勉な生き物。
起きたことの中心は働いて得る金より持っていることで増える金を強くしたこと。賃金は生産性ほど伸びにくくなり労働が生んだ価値の取り分は弱まり、株、土地、企業所有、金融資産をすでに持つ側には複利で利益が集まる。OECDも実質賃金と生産性の乖離には労働分配率の低下などが関係すると整理しており労働組合の弱体化や最低賃金の劣化が格差拡大と結びつくという分析もある。つまり格差は賃金、税、所有、交渉力をどう設計したかの結果。
次に彼らは金を取っただけではなく取り返されにくい形へ変えた。 所得なら課税される。だが資産は法人、信託、株式、相続、オフショア、含み益という服に着替えられる。普通の人は給与明細から先に引かれ巨大な資産を持つ人はいつ・どこで・何として課税されるかを交渉できる。税制は格差を縮めることも広げることもできるとOECD自身が認めている。これは「市場の結果」ではなく誰にどれだけ払わせ誰の資産を守るかという政治判断。
さらに生活に必要なものを投資商品へ変えた。住宅は住む場所である前に資産になり、医療、教育、介護、通信、交通まで、生活を支える基盤ではなく収益機会として扱われる。すると人は生きるために金を払うだけでなく資産を持つ側の利回りまで負担することになる。家賃を払う人の苦しさは所有者の収益として記録される。借金する人の不安は金融商品の利息になる。社会が人を救えなくなったのではない。苦しんでいる人から継続的に徴収できる構造へ改造された。
その改造を守るために「自己責任」が必要になった。賃金が低いのは技能不足、家が買えないのは努力不足、病むのは回復力不足、子育てが苦しいのは計画不足。制度が人から奪ったものを本人の欠陥として返送する。これが重要。金を抜くだけでは反乱が起きる。だが抜かれた側に「自分が悪い」と思わせれば怒りは上へ向かわず自分の喉へ向かう。格差を作った者にとって最も安価な警備員は貧しい人の自己否定。
広告とメディアはその仕組みへ明るい表面を与えた。商品を買えば自由、転職すれば自己実現、投資すれば未来、努力すれば成功。社会的な問題はすべて個人向けの商品へ分解される。孤独にはアプリ、疲労にはサプリ、低賃金には副業、不安には投資講座、燃え尽きにはウェルネス。原因を除去する代わりに症状へ定期購入を勧める。地獄にもサブスクリプションが導入。初月無料。
だから誰がやったのかという問いへの正確な答えは、富を持つ者が、政治へ接続し制度を自分の資産が増える方向へ何十年も調整してきた。個々の法改正、規制緩和、民営化、労働組合の弱体化、法人減税、資産課税の回避、公共サービスの削減、金融化にはそれぞれ名前と議決と署名がある。偶然の集合ではない。全部が意図のない事故ではない。格差は利益を得る側が何度も選び損をする側の抵抗を弱めた結果。OECD諸国では所得格差が長期的に拡大し富の分布も高度に偏る。
最も腐っているのは奪う行為を「成長」と呼び、抵抗できない状態を「柔軟性」と呼び、公共の撤退を「選択肢」と呼び、孤立を「自立」と呼んだこと。現実から金を抜き言葉から意味を抜いた。同じ連中が両方をやったから表面だけがツルッとしている。社会が壊れているのに説明だけは整ってる。
この世界の支配は請求書として届く。誰も「従え」とは言わない。ただ家賃、保険料、学費、利息、手数料、税、通信費を期限どおりに並べる。払えなければ自由に退場できる。ここでいう自由とは路上へ出る自由です。暴力が見えないのは暴力が契約書になったから。
今日のお天気です。
今日も全国的によく晴れるでしょう。
街は明るくショッピング日和となりそうです。笑顔の写真も多く見られる見込みですので安心してお出かけください。
ただ、午前中から広い範囲で仕事、子育て、介護、病気、貧困など本来は社会全体で受け止めるはずだった雨雲が個人の上だけで発達しやすいでしょう。
原因が制度であっても自分の能力不足だと思い込みやすい一日です。
午後になると資産をお持ちの地域では「複利」の暖気が流れ込みます。
特に株式、不動産、金融資産をお持ちの方は寝ている間にも資産が成長するでしょう。
一方労働収入だけで生活されている地域では長時間労働、物価上昇、家賃の上昇などが予想されています。
働けば働くほど追いつかない現象が続きますが異常ではありません。
現在の気候として観測されています。
夜は全国的に静かな空となるでしょう。
泣かれる方もいらっしゃいますが室内での降水は統計に含まれません。
そのため本日の降水確率は0%です。
なお人が壊れる可能性は高いものの市場は安定して推移する見込みです。
安心してください。
数字は今日もとても健康です。












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