行動すると未来に使える動詞が増える。
考えただけでは外側の状態は更新されない。送っていない連絡は相手の受信箱にない。応募しようと思っているだけなら応募者は増えない。頭の中で完成した作品は検索しても出てこない。どれだけ長く考えていても外側から見ればまだ発生していない。
行動すると一つだけ決定的なことが起きる。世界がこちらへ返事をできるようになる。
現在の状態を S、こちらが行うことを a、こちらでは決められない外部の反応を e とする。次の状態はかなり単純化すればこう書ける。
何もしなければ a = 0。何かをすれば a ≠ 0。これは結果を支配する式ではない。むしろ結果の一部を自分以外へ渡す式になる。連絡を送ったあと何が返ってくるかは相手が決める。出したものが買われるかは市場が決める。会ったあと何を思われるかもこちらでは決められない。
行動には、世界を従わせる力はない。世界に反論させる力がある。
出さなければ「出せば買われたかもしれない」が残る。応募しなければ「受ければ通ったかもしれない」が残る。誘わなければ「向こうも会いたかったかもしれない」が残る。頭の中に置かれている未来は、まだ外部と接触していない。だから訂正されない。かなり大量に保存できる。
出したら買われなかった。応募したら落ちた。誘ったら断られた。かなり感じが悪い。行動すると、それまで可能性だったものの一部が事実になる。その代わり、買われることも、通ることも、会えることも同じ場所からしか発生しない。世界は外へ出ていない人へ失敗も成功も渡せない。
行動の作用は結果が一つ返ってくることだけではない。行動後には次に選べる行動そのものが更新される。
ある状態 S から選べる行動の集合を A(S) とする。行動と外部反応を経て状態が更新されれば、次に使える行動の集合も同じとは限らない。
一度会ったから「また会う」が存在する。一度作ったから「前に作ったものを見せる」が存在する。一度買われたから「前に買った人へ次を出す」が存在する。一度名前を覚えられたから「思い出してもらう」が存在する。
一回目の前には使えなかった動詞が増える。
一通の連絡から仕事が生まれるとは限らない。返事すらないかもしれない。返事が来れば「会う」が使えるようになる。会えば「一緒に作る」が使えるかもしれない。作れば「第三者へ見せる」が使える。その先で初めて発生する依頼もある。最初の一通の中に最後の仕事が入っていたわけではない。最初の一通によってその時点では存在しなかった次の行動が発生している。
到達できる状態の集合を R(S) とするなら、行動は単に現在地から別の一点へ移るだけではない。到着した場所にそれまで接続されていなかった枝が存在することがある。
もちろん、行動は未来を増やすだけではない。ある枝を選べば消える枝もある。時間を使えば、同じ時間にできた別のことはできなくなる。応募して結果を知れば「通ったかもしれない」という未来は失われる。行動は可能性を保存する方法としてはかなり性能が悪い。
行動は、可能性を使って情報を買う。
買われなかったという結果は痛い。ただ「買われるかもしれないし買われないかもしれない」という状態より市場について一つ多く知っている。返事がなかったなら、その相手、その文章、そのタイミングについて以前より情報がある。結果が望んだものではなくても世界について持っている情報量は同じではない。
行動が重い理由もここにある。利益はまだ存在していないのに費用だけは先に確定する。時間を使う。移動する。金を払う。準備する。説明する。断られる可能性も引き受ける。半年後に発生するかもしれないものはかなり遠く見えるのに今日の面倒は今日届く。
今日の面倒は割り引かれない。未来の可能性はかなり割り引かれる。
仕事を替える、引っ越す、新しい場所へ入る、人前へ何かを出す。大きな行動が疲れるのは、一つの項目だけを動かさないからでもある。仕事を替えれば収入だけではなく、起きる時間、使う駅、会う人、平日の使い方、その先で知る人まで動く。引っ越せば住所だけではなく、買う店、歩く道、帰宅時間、窓の外、偶然出会う人まで組み替わる。
今の生活には昨日が大量に使われている。何時に起きるか、どこへ行くか、誰に会うか、何曜日に何をするか。昨日までに決めたものをコピーして、今日のかなりの部分を動かしている。大きく動いた直後にはそのコピーに使える昨日が減る。以前は背景へ退いていた細部までもう一度判断の対象になる。
大きく動いた直後にはコピーできる昨日が減る。
何度か繰り返せば新しい場所にも昨日ができる。二回目ができる。知っている人ができる。手順ができる。最初はいちいち考えていたことが再び自動化される。その頃には最初の一回より先の状態にいる。
行動によって更新されるのは今日の結果だけではない。持っている情報が更新される。会った人が更新される。次に使える動詞が更新される。選べる行動の集合が更新される。その先から到達できる状態も同じではなくなる。
だから一回の行動がどこまで届くのかを、行動前に完全には計算できない。一通は一通。一回会えば一回。一本出せば一本。直接の作用なら数えられる。その一回によって初めて使えるようになる二回目以降の動詞までは最初の時点ではまだ一覧に存在していない。
行動は未来を保証しない。保証がないまま今日の費用だけ要求してくる。それでも現実へ新しい情報を発生させられるのは外側と接触したときだけになる。
考えている間は未来の候補をこちら側だけで持っている。行動すると、そのうち一つへ世界が触れる。世界から返事が来る。その返事を材料に次の行動を選ぶ。その繰り返しの途中で、最初に想像していなかった動詞が使えるようになる。
行動によって更新されるのは未来の内容だけではない。未来に存在できる出来事の種類そのものが更新される。
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