STILLOPERABLE / PERSONAL RECORD
薬の記録に推しがいる。
薬品名、用量、服用回数、処方日。その横に推しの顔がある。身体が予定どおりに動かなかった記録を、元気な日に選んだもので飾って持ち歩く。
お薬手帳はかわいくなる予定で作られた物ではなかったと思う。名前、生年月日、薬局でもらったシール、薬品名、用量、朝食後、夕食後。中にいる文字が全員勤務中みたいにしている。表紙も静かで診察券と一緒にバッグの奥へ入る。
そこへ推しが入る。
透明なお薬手帳カバーへトレカを挟む。リボンを付ける。シールを貼る。ラインストーンを並べる。透明なポケットから顔が見える。薬剤師へ渡すための物なのに、誰を好きなのかまで一緒にカウンターへ出てくる。
ロキソプロフェン60mg。
その隣に推し。
スマホケースなら毎日持つ。バッグも服もネイルも、出番はこちらで作れる。お薬手帳は違う。体調を崩す。病院へ行く。処方箋を受け取る。薬局で番号札を持って待つ。その日に出てくる。
元気な日はページが増えない。
何も起きなかった月曜日は記録されない。ちゃんと眠れた夜も、頭が痛くならなかった午後も、喉が痛くなかった冬も印刷されない。身体が予定から外れた日にだけ、新しいシールが増える。
PHYSALIA PHYSALIS
海面で風に流される。
お薬手帳には自分で選んだ情報と自分では選んでいない情報が同居する。推しは選べる。写真も選べる。リボンの色も選べる。風邪をひく日は選べない。頭痛が来る時間も、花粉が飛び始める週もこちらの都合を聞かない。
それが同じ透明カバーの中に入る。
処方欄には自分が決めていないことが並ぶ。何mg飲むか。1日何回か。何日分か。食前か食後か。医師が決め、薬剤師が確認し、印刷された情報が貼られる。
カバーの中だけ勝手にしていい。
透明なビニール数mmの内側でハートが付く。
会計は1430円。
薬を受け取る。説明を聞く。お薬手帳を返してもらう。表紙では推しがこっちを見ている。中には抗生物質、解熱鎮痛薬、抗ヒスタミン薬。好きで増やしたものと増えてほしくなかったものが数mmの厚さで重なっている。
医療情報と好きなものが溶け合うわけではない。薬のシールは薬のシールのまま、トレカはトレカのまま、互いを理解せず隣にいる。
その配置だけが成立している。
次に具合が悪くなればまた同じ物を持っていく。ページが増える。カバーの写真は入れ替わるかもしれない。好きな人が変わることもある。前に好きだった人の写真を挟んだまま、新しい薬だけ追加されることもある。
2026.03 花粉症
2026.07 皮膚科
2026.11 風邪
その間に髪型が変わる。学校が変わる。昨日まで毎日話していた人と話さなくなる。推しの衣装も変わる。スマホも買い替える。
薬のシールだけは日付付きで残る。
お薬手帳の中では体調不良が几帳面。
何月何日。何を何錠。1日何回。何日分。
放課後に食べたものは残らない。帰り道で笑った内容も残らない。コンビニで選んだアイスも、寝る前に見た動画も、何も起きなかった火曜日も残らない。
身体が何かを訴えた日だけ紙の上に発生する。
その表紙に推しがいる。
元気な日に選んだ写真。
元気じゃない日に増える記録。
薬局で名前を呼ばれる。
立ち上がる。
バッグからお薬手帳を出す。
推しも一緒に受付へ行く。

