その「可愛い」毎日タダで捨ててない?

アイドルになると何が手に入るのか。ルックス、キャラクター、創作、写真、衣装、時間、経験を自分の名前へ積み上げていくという視点から、アイドル活動の価値と応募前に考えたいことを整理する。

「アイドルになりたい」と検索する人はたぶんもう半分くらい答えを持っている。本当に自分と関係がないと思っている人はそんな言葉を検索窓へ入れない。迷っているのは興味があるかどうかより、その興味を現実へ移すだけの理由がまだ見つかっていないからだと思う。アイドルになったら何が変わるのか。アイドルになるメリットは何なのか。オーディションを受けるほどの価値があるのか。歌って、踊って、写真を撮られて、SNSを更新する。その説明だけなら迷って当然だ。そこだけ切り取れば今ある生活を動かす理由としては小さすぎる。

アイドルにはかなり特殊な構造がある。自分の中に散らばっていた価値を一つの名前へ集めていける。顔がいい。写真に強い。服が好き。話すと面白い。声がいい。絵が描ける。動画を作れる。文章が書ける。衣装を作れる。人から覚えられる。その一つひとつは普通に暮らしていても使える。ただ多くの場合は別々の場所で使われその場の反応として消えていく。アイドルになるとそれらが「この人」という一つの場所へ戻り始める。ルックスも、キャラクターも、創作も、言葉も、過去の作品も、全部が次の価値を押し上げる材料になる。

可愛いと言われることに慣れている人ほど一度考えてみてほしい。可愛いはそのままだと驚くほど保存されない。街ですれ違った人に振り返られても消える。飲み会で褒められても消える。マッチングアプリで大量にいいねが来てもそのサービスの中で消費される。SNSなら少し残る。それでも投稿単位で流れていく。可愛いと言われるたびに価値は確かに発生している。問題はその価値がどこに残るかだ。誰かの記憶に残る。アプリの数字に残る。SNSの反応に残る。そこで終わることも多い。自分の魅力を毎日使っているのに自分の名前にはほとんど蓄積されない。かなり贅沢な消費だと思う。

アイドル活動では今日の自分を作品へ変えられる。写真になる。映像になる。ライブになる。衣装になる。言葉になる。誰かの記憶になる。それらに自分の名前が付く。半年後にあなたを知った人が三か月前の写真を見る。最初のライブ映像まで遡る。以前作った衣装を見つける。昔書いた言葉を読む。ここで時間の性質が変わる。昨日が消えず現在の自分を押し上げる材料として残る。今日使った魅力が明日の自分へ戻ってくる。

さらに面白いのは一つの価値が別の価値を連れてくることだ。最初は顔が好きだった人が話している姿を見てキャラクターを好きになる。ライブへ来て声を知る。衣装を本人が作っていると知ってその人の美意識まで見るようになる。文章が面白ければ言葉も読まれる。写真が強ければ世界観まで興味を持たれる。ルックス、キャラクター、服、創作、発信が、それぞれ独立した能力として並ぶのではなく互いを紹介し始める。足し算だったものが掛け算へ変わる。

たとえば衣装をパターンから作れる人がいる。その能力だけでも十分に価値がある。でもその本人がアイドルとして自分で作った衣装を着てステージへ立ち、撮影され、その写真を見た人が衣装まで好きになったら、話が変わる。服を好きになった人が本人を知り本人を好きな人が服を見る。本人の知名度が作品を押し上げ作品の強さが本人を押し上げる。「服を作れる人」という評価が、やがて「この人が作るものを見たい」へ変わる。能力ではなく感覚そのものへ価値が集まり始める。

だからルックスやキャラクターに自信がある人へ「アイドルになれば可愛くなれます」と言うつもりはない。もう可愛いならその話は終わっている。むしろ聞きたいのはその先だ。

その可愛さを何に使うか?

何年も人から好かれて、褒められて、写真を撮って、そのたびに価値を発生させながら、全部その場で消していくのか。それとも写真、作品、名前、関係、履歴へ変えて、自分のところへ残していくのか。同じ魅力でも使い方によって五年後に残っているものはかなり違う。

普通の仕事には価値を測るための物差しがある。時給、月給、職位、資格、査定。安定した交換の仕組みとして、それは必要だ。ただその物差しでは測りにくいものもある。写真へ入った瞬間だけ異様に強い人。人がなぜか話を聞いてしまう人。一度会うと忘れにくい人。服を選ばせると妙にうまい人。そこにいるだけで空気を少し変える人。そういう価値へ既存の給与テーブルはあまり上手に値段を付けてくれない。給与テーブル残念ながら美的感覚にはかなり鈍い。

アイドルには自分の価値を最初から一定の枠へ閉じ込めない構造がある。もちろん人気も収益も保証されない。十人に届くかもしれないし一万人に届くかもしれない。写真から人が来るかもしれない。ライブから知る人がいるかもしれない。衣装から仕事へつながることもある。文章や映像が別の入口になるかもしれない。重要なのは「無限に稼げる」という話ではない。自分の価値を「あなたはこの職位なのでここまで」と先に決める天井がなく複数の価値が一つの名前へ集まりながらそれぞれ別の出口を作っていけることだ。

ここでアイドルの価値は「有名になれる」という話から離れる。有名になるかどうかは結果だから誰にも約束できない。でも自分の名前へ価値を蓄積する構造へ入ることはできる。今日撮った写真が明日の自分へ人を連れてくる。今日会った一人が次のライブへ来る。今日作った衣装が一年後の仕事につながる。昔の作品を新しいファンが見つける。過去の自分が現在の自分を助け始める。活動した時間がただ過ぎた時間ではなく次の自分を押し上げるものへ変わっていく。

この「時間が残る」という感覚はかなり大きい。二十歳の自分は二十歳の今日しか存在しない。三年後にはもっと綺麗になっているかもしれないしもっと能力が増えているかもしれない。それでも二十歳の顔、声、感覚、服の選び方、その時にしか作れなかったものは戻ってこない。ただ時間が過ぎることと時間を残すことは違う。アイドル活動ではその時の自分を作品として保存しながら次へ進める。

しかも手に入るものは市場価値だけではない。撮影が入る。ライブが入る。知らない場所へ行く。自分を撮る人が現れる。自分の変化へ先に気づく人が現れる。名前を覚える人が現れる。次を待つ人が現れる。予定、人、場所、反応が生活へ流れ込むことで、自分一人で完結していた日常の外側に新しい関係が増えていく。アイドルになる前と後で大きく変わるのは肩書きより自分に起きる出来事の種類かもしれない。

一人でSNSを伸ばすこととも違う。グループに入れば自分で完成させた自分だけを持って歩くことはできなくなる。隣に立つ人で見え方が変わる。自分なら選ばない色を着る。ファンが本人の知らなかった魅力を見つける。撮影する人が本人も知らなかった表情を残す。誰かのセンスが自分へ入り自分の感覚がまた誰かへ入る。その相互作用の中で一人では設計できなかった自分が現れる。

アイドルは自分という作品を一人で完成させない仕事でもある。

もちろんいいことばかりではない。思ったほど人が来ない日もある。数字で比べられる。写真に納得できない。メンバーと意見が合わないこともある。SNSで雑な言葉が飛んでくることもある。収益は活動量や集客によって変わる。努力したから必ず同じだけ返ってくる世界でもない。そこを隠して「夢を叶えよう」と書けばこのテキストは信用を失う。それでもやる価値があると思うのは結果の良し悪しまで含めて自分について想像ではなく実物の答えが残るからだ。

「私、本気でやったら結構いけると思う」。

この感覚を持っている人はいる。この言葉はかなり居心地がいい。実際にやるまでは否定されないからだ。応募しなければ落ちない。作品を出さなければ評価されないこともない。ステージへ立たなければ人気が出なかった自分を見る必要もない。「やればできる私は存在する」という可能性だけならずっと綺麗な状態で持っていられる。

ただ可能性は保存しても履歴にはならない。

持っていることと使ったことは違う。使ったことと残したことも違う。アイドルにはその三つをつなげられる可能性がある。持っている魅力を活動で使う。使ったものを作品にする。作品が人を連れてくる。人との関係が次の作品を生む。その作品がまた自分の名前へ戻ってくる。繰り返すほど、「可愛い人」「面白い人」「服を作れる人」という断片が一つの名前の中で結びついていく。

そしてたぶんここが一番大きい。

最初は「可愛いから見られる」だったものがいつか「この人だから見たい」に変わる。

顔を見るために来ていた人が新しい衣装を待つ。衣装を見ていた人が次の言葉を待つ。ライブを見た人が半年後の変化を待つ。価値の中心が個別の能力から本人へ移っていく。そこで初めて、ルックスも、創作も、キャラクターも、過去に作ったものも、これから作るものも、一つの名前の中で同時に価値を持ち始める。

「可愛い」の値段には限界があるかもしれない。

「歌が上手い」にも「服を作れる」にもそれぞれ市場の相場がある。

でも「この人だから欲しい」「この人だから見たい」「この人の次が知りたい」まで行った個人の価値には最初から決められた値札がない。

それがアイドルという仕事のかなり特殊なところだと思う。

だからアイドルになりたいかどうかだけを考えなくていい。自分の顔が好きでもいい。服が好きでもいい。写真が好きでもいい。人から見られることが嫌いじゃなくてもいい。何か作りたいでもいい。誰かを夢中にさせてみたいでもいい。自分がどこまで行くのか確かめたいでもいい。最初から立派な「夢」を用意する必要なんてない。入口はもっと個人的でいい。

もし自分に何かあるとすでに知っているなら「あなたには価値があります」とこちらから言う必要もない。考えてほしいのはその価値が今どこへ流れているかだ。毎日使っているルックス。感覚。キャラクター。創作。時間。五年後、それはどこに残っているだろう。誰かの記憶に残るかもしれない。会社や他人の成果の一部になっているかもしれない。SNSの古い投稿になっているかもしれない。何も残らずその場その場で気持ちよく消えているかもしれない。

あるいは自分の名前に積み上がっているかもしれない。

写真として。作品として。経験として。人との関係として。次の機会として。自分について語るときの履歴として。

アイドルは何も持っていない人へ価値を与える魔法ではない。すでに持っているものを一つの名前へ集め、使い、残し、次の価値へ変えていける場所の一つだと思っている。

応募した時点でアイドルになると決める必要はない。DMを送る。話を聞く。活動内容を確認する。面接やオーディションで会う。自分の条件や希望も伝える。そのうえで違うと思えば進まなくていい。だからいま必要なのは「アイドルとしてやっていく覚悟」より自分の可能性を想像だけで終わらせるか一度現実へ出してみるかその選択だけ。

ここまで読んで「自分だったらどうなるんだろう」が残ったならその疑問は頭の中だけで答えを出すには少しもったいない。

自分をこのまま使うのか。

自分の名前に積んでみるのか。

XのDMへ「詳細を聞きたい」と送ってほしい。そこから先は話してみて決めればいい。

Written by stilloperable

GlassRoom
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GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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