まだ何も起きてない

受かるかな。家族に何て言う。知り合いに見られたら。黒歴史になったら。アイドル応募前に浮かぶ不安をたどりながら、まだ存在しない「アイドルになった自分」を少しだけ先に見る文章。

受かるかな。

写真を選ぶ。これじゃない気がしてもう一枚見る。普段なら気にもしない自分の顔を今日は少し長く見る。名前を書いて生年月日を書いて送信の手前まで行く。

閉じてもいい。

まだ何も起きてない。

恥ずかしくないかな。

自分から応募したこと。写真を撮られること。人前で歌うこと。「アイドルやってる」と自分の口で言うこと。

最初の日は何を着ていくんだろう。

少し早く着きすぎて近くのコンビニで時間を潰すかもしれない。知らない駅。知らない道。地図を見ながら歩いて知らない建物の前で一度立ち止まる。

ドアを開ける。

中には自分と同じように少し緊張している子がいる。

「おはようございます」

もう夕方なのにみんなそう言う。

そういうことも今は知らない。

家族に何て言う。

「アイドルになりたい」だとなんだか大きすぎる。「ちょっと応募してみた」くらいなら言えるかもしれない。

応募してから?

受かってから?

夕飯のとき?

LINE?

お母さんだけ先に?

そこまで考えてまだ応募すらしていないことに気づく。

学校や仕事と両立できる?

これはちゃんと考えた方がいい。

レッスンは何曜日なんだろう。何時からなんだろう。終わったらそのまま電車で帰るのかな。

朝はいつもの駅から出る。昼もだいたいいつも通り。夕方だけいつもと違う駅で降りる。

バッグの中にはいつものものとレッスン着。

帰りは少し遅い。

コンビニで何か買って家に帰ってお風呂に入る。髪を乾かしながらスマホを見る。明日のアラームをセットする。

翌朝はまたいつもの駅。

昨日ステージにいたとしても。

売れなかったら?

分からない。

最初のお客さんが三人だったら。

ステージから三人とも顔が見えるのかな。

三人のうち一人が次も来る。

また来る。

そのうちこちらが先に気づくようになる。

五人になって十人になって。

ある日知らない人が自分の名前を呼ぶ。

最初は自分のことだと気づくのが少し遅れるかもしれない。

帰りの電車でその声を思い出す。

知り合いに見られたら?

高校の友達。大学の友達。バイト先の人。昔ちょっと仲がよかった人。もう何年も話していない人。

スマホを見ていたら急に自分の写真が出てくる。

「あれ?」

プロフィールを開く。

名前を見る。

もう一度写真を見る。

誰に見つかるのが一番嫌なんだろう。

少し考える。

逆に

誰だったら少しだけ見つけてほしいんだろう。

ルックスは?

自分よりかわいい子なんていくらでもいる。

写真に写った自分は鏡で見ている自分とも少し違う。

横顔。笑った顔。踊っているときの顔。

自分ではちゃんと見たことがない。

髪も変わるかもしれない。メイクも変わるかもしれない。自分なら絶対に選ばなかった色の衣装を渡されるかもしれない。

「これ私?」

似合わないかもしれない。

意外と似合うかもしれない。

その写真はまだ一枚も存在しない。

年齢は?

募集要項を見る。

自分の年齢と比べる。

一度閉じる。

また見る。

二十歳。

二十一歳。

二十二歳。

来年になれば今より一歳上になる。

それだけは応募してもしなくても同じ。

始めた二十一歳が来るかもしれない。

始めなかった二十一歳が来るかもしれない。

どちらもまだ存在しない。

黒歴史になったら?

なるかもしれない。

何年か経って昔の写真を見つける。

髪型も衣装も当時の投稿も少し恥ずかしい。

「うわ若い」

って笑う。

その頃にはもう別の仕事をしているかもしれない。東京にいないかもしれない。結局ほとんど売れなかったかもしれない。

画面の中には今より若い自分がいる。

知らない場所で。

今はまだ会ったことのない人たちと。

今の自分が知らない顔で笑ってる。

その写真を見た未来の自分が何を思うのかはまだ分からない。

落ちたら?

普通に傷つくと思う。

通知を見る。

短い文章を読む。

そっか。

ってなる。

友達には言わないかもしれない。その日は普通にご飯を食べて普通に動画を見て普通に寝る。

翌朝になれば昨日より少しどうでもよくなっているかもしれない。

また別のことを始めるかもしれない。

もう一度だけ受けるかもしれない。

それも分からない。

ただ

落ちた後のことはなんとなく想像できる。

受かった後は

少し長い。

連絡はどこで見るんだろう。

家。

電車。

仕事の休憩中。

誰に最初に言うんだろう。

最初の日は何を着るんだろう。

最初に仲良くなる子はどんな子なんだろう。

初めて衣装を着た自分を見て何を思うんだろう。

最初のお客さんの顔を本当に覚えているんだろうか。

初めて自分の名前を呼ばれた日。

帰りの電車はいつもと同じように走るんだろうか。

募集ページを閉じる。

LINEを返す。動画を見る。お風呂に入る。髪を乾かす。明日の予定を見る。

いつもの時間に寝る。

何も変わってない。

まだ応募してない。

応募しなくてもいい。

明日になったらどうでもよくなっているかもしれない。

そのまま忘れるかもしれない。

翌朝。

いつもの時間に起きる。

いつもの服を着る。

いつもの駅へ向かう。

昨日と同じ一日が始まる。

スマホを開く。

少し触って

昨日のページをもう一度開く。

Written by stilloperable

GlassRoom
ToBeAlive project

「かわいい」だけで、
終わりたくなかった。

誰かの生きる理由になれるような、
全力のアイドルをつくります。
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GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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