他人から見た自分はどんな感じ?|ルックスには一つの正解がない

自分のルックスは他人からどう見えてる? 本人が想像する「他人から見た自分」と、実際に人ごと・場所ごとに発生する見え方は同じではありません。ルックスを一つの固定評価にせず、まだ発生していない自分まで考えます。

自分のルックスは他人からどう見えてる?|他人から見た自分は、一人ではない

THERE IS NO SINGLE VERSION OF YOU THAT EVERYONE SEES.
他人から見た自分には 最初から一つの答えがない

自分のルックスについて ある程度の答えを持っている人は多い。可愛いと思う。悪くないと思う。ここは好き。ここは気になる。写真には強い。実物の方がいい。こういう服が似合う。初対面ではこう見られる。長く自分と一緒にいるほど説明は増えていく。

その説明の中には 本人だけでは確認できない項目が混ざっている。

他人から自分がどう見えているか。

本人はそれを直接見ることができない。それでも頭の中では推論が進む。鏡を見る。写真を見る。誰かと並ぶ。反応を思い出す。そこから「きっとこう見えている」を作る。

そして頭の中に他人を置く。

「みんなこう思ってそう」

その「みんな」は 実際にはまだ何も言っていない。

目次

頭の中には 自分が作った「他人役」がいる

写真を見て「他人からもこう見えているんだろうな」と思う。鏡を見て「この部分はきっと人にも気づかれている」と考える。反対に 自分で気に入っているところを見て「ここはきっと人にも好かれる」と考えることもある。

どちらも同じことをしている。

本人の頭の中で 他人の視点を代行している。

「他人からこう見えているはず」は 他人の意見ではない。

自分が作った 他人役の意見になる。

しかもその人は自分によく似ている。同じ写真を見て 同じ場所に注目して 同じ比較をして 本人が気にしているところを同じように気にする。本人の頭から生まれた以上 そうなる。

一人で考えたことが「みんなもそう思っている」に変わると 人数だけが増えたように感じる。

実際の他人は まだそこに参加していない。

そして実際の他人が参加しても 答えは一つにならない

ここで「なら実際の他人に聞けば本当の自分が分かる」と考えたくなる。

それでも一つの答えにはならない。

同じ人を見ても 見ているところが違う。

ある人は目を覚えている。ある人は声が入った瞬間に印象が決まる。ある人は服まで含めて好きになる。静かにしているところが残る人もいる。笑った瞬間だけ急に気になる人もいる。写真では特に反応しなかったのに 会ったら強く残ることもある。

Aさんから見えた自分と Bさんから見えた自分は同じではない。

同じAさんでも 初対面の日と半年後では違う。

教室で見る自分。夜の街で見る自分。制服の自分。私服の自分。一人でいる自分。誰かの隣にいる自分。写真の自分。動いている自分。

条件が変わるたびに 同じ人から別の見え方が発生する。

だから「他人から見た自分」という一人分の人物は存在しない。

他人から見た自分は 一人ではない。

ルックスの一部は 自分の外で発生している

ルックスを考えるとき 顔や髪や身体の中から答えを探しやすい。自分の中に固定された何かがあって それを他人が見ているように思える。

実際には 人が見える瞬間には外側の条件まで入ってくる。

光。服。距離。姿勢。動き。声。場所。隣にいる人。その人との関係。見る側がその直前まで何を考えていたか。

同じ顔でも 朝の教室と夜の駅では違って見える。同じ服でも一人でいるときと誰かの隣では違う。静けさそのものが強く見える日もあれば 誰かとの関係を強く見せる日もある。

人のルックスは 身体の中だけで完成していない。

本人と外側が接触したところで その都度つくられる部分がある。

そう考えると「私のルックスは何点か」という問いは急に小さくなる。

一つの数字へ入れるには 条件による振れ幅が大きすぎる。

自分のルックスが好きな人にも まだ知らない自分が残っている

これは自分のルックスに自信がない人だけの話ではない。

自分を可愛いと思っている人にも同じことが起きる。

写真も好き。服も好き。自分に似合うものも分かる。人から褒められることにも慣れている。その自己評価は実際の経験から作られている。

それでも知っているのは これまで成立した自分になる。

まだ着ていない服との組み合わせは知らない。まだ会っていない人の隣に立った自分も知らない。まだ行っていない場所で何が出るかも知らない。撮る人が変わったとき どんな一枚が残るかも分からない。

自分を低く見積もっている人だけが答えを急いでいるわけではない。

高く見積もっている人にも 続きがある。

自己評価を上げることより 自己評価を最終回答にしないことの方が面白い。

「私はこういうルックス」という説明が完成した瞬間 まだ発生していない自分まで同じ説明へ入れてしまうから。

一つの見え方を「本物」にすると 他の自分が消える

人は自分について一つの説明を欲しがる。私は可愛い。私は可愛くない。私は写真に強い。私はこの系統。私はこういう服が似合う。

説明があると選びやすい。服も髪も写真も同じ方向へ揃えられる。

その説明から外れた自分が出たとき 問題が起きる。

普段なら選ばない服が異常に似合った。自分では弱いと思っていた横顔だけ誰かが覚えていた。静止画では分からなかったものが動画で突然出た。自分の系統ではないと思っていた場所に立ったら そこだけ強かった。

その出来事を「例外」として捨てれば 説明は守れる。

残せば 自分の説明を書き換えることになる。

自分について知るというのは 一つの正解へ近づくこととは少し違う。

一度決めた正解から外れる自分を 何度でも追加できることに近い。

GlassRoomは 一つの見え方を本物にしない

GlassRoomで「本当のあなた」を見つけるつもりはない。

本当のあなたが一人だけいると決めた瞬間 また同じ問題が始まる。

撮る人を変える。服を変える。場所を変える。隣に立つ人を変える。写真から映像へ移る。話す。黙る。街へ出る。作品を作る。今まで本人が自分と結びつけていなかった仕事まで入れる。

そのたびに同じ人から別の見え方が出る。

一つ出たら それを正解にしない。

次の条件へ持っていく。

そこでまた別の自分が出る。

本人が「私はこういう人」と思っていた説明から少し外れる。その外れた部分まで本人へ返す。次はそれを知った本人が選ぶ。

GlassRoomは 一つの見え方を本物にしない。

自分のルックスが好きでもいい。好きじゃなくてもいい。

どちらも 今まで見えた自分についての回答になる。

まだ会っていない人がいる。まだ着ていない服がある。まだ立っていない場所がある。まだ一度も並んでいない人がいる。

そこでは まだ自分の見え方が発生していない。

自分のルックスを知りたいと思っていた。

知るべき一つの答えが 最初から存在しない。

他人から見た自分は 一人ではない。

だから自分を決めるより先に まだ発生していない自分を残しておく。

GlassRoomは その数を減らさない。

GLASSROOM|MEMBER ENTRY

まだ発生していない自分を残しておく

GlassRoomは東京で高校生から22歳まで初期メンバーを募集しています。アイドル志望歴や活動経験は問いません。自分のルックスに自信があるかどうかも応募条件ではありません。まだ決めていない段階から話せます。

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Author

GlassRoom / ToBeAlive Project

人がすでに持っている価値を、他人の場所で消費させず、自分の名前に残すための設計と文章。

アイドル、ブランド、仕事、選択について扱っています。

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